瀏覽分類:

Podcast

EP157【妖怪 阿瑪比埃 編】

本日(ほんじつ)は日本(にほん)の妖怪(ようかい)である「アマビエ」について紹介(しょうかい)したいと思(おも)います。

新型(しんがた)コロナウイルス感染症(かんせんしょう)の流行(りゅうこう)時(じ)に注目(ちゅうもく)されていたので、今日(きょう)はその可愛(かわい)らしくていい妖怪(ようかい)の「アマビエ」を紹介(しょうかい)していきます。

1・外見(がいけん)・(・)特徴(とくちょう)

アマビエは人魚(にんぎょ)のような特徴(とくちょう)をもち、魚(さかな)のような鱗(うろこ)に覆(おお)われた体(からだ)、長(なが)い髪(かみ)、鳥(とり)のような嘴(くちばし)、そして3本(ぼん)の足(あし)を持(も)つとされています。なぜこのような姿(すがた)が分(わ)かっているかというと、江戸(えど)時代(じだい)の瓦版(かわらばん)にアマビエの絵(え)が描(えが)かれていたことで広(ひろ)まったと言(い)われています。

2・伝説(でんせつ)

伝説(でんせつ)によると、アマビエは夜(よる)に光(ひかり)を放(はな)つ不思議(ふしぎ)な存在(そんざい)です。そして、いきなり役人(やくにん)の前(まえ)に姿(すがた)を現(あらわ)し、「今後(こんご)6年間(ねんかん)は豊作(ほうさく)は続(つづ)くが、同時(どうじ)に疫病(えきびょう)も流行(りゅうこう)する」と予言(よげん)したと同時(どうじ)に、「疫病(えきびょう)が流行(りゅうこう)したときには、自分(じぶん)の姿(すがた)を描(えが)いた絵(え)を人(ひと)々(びと)に見(み)せることで病(やまい)を防(ふせ)ぐことができる」と伝(つた)えて、海(うみ)に戻(もど)ったそうです。その後(ご)、アマビエは疫病(えきびょう)退散(たいさん)と健康(けんこう)祈願(きがん)の象徴(しょうちょう)とされていました。

3・現代(げんだい)

新型(しんがた)コロナウイルスの流行(りゅうこう)をきっかけに、アマビエが再(ふたた)び広(ひろ)く知(し)られるようになりました。

SNSでのアマビエの絵(え)の共有(きょうゆう)したり、アマビエをモチーフにした商品(しょうひん)やグッズが登場(とうじょう)したり、お守(まも)りや絵馬(えま)でアマビエの絵(え)が描(えが)かれていたりしました。

4・アマビエの象徴(しょうちょう)性(せい)

アマビエは困難(こんなん)な時期(じき)において、希望(きぼう)を象徴(しょうちょう)する存在(そんざい)として人(ひと)々(びと)のそばにいるという安心感(あんしんかん)が感(かん)じられます。疫病(えきびょう)や災害(さいがい)で人(ひと)々(びと)が苦(くる)しんでいる中(なか)、アマビエの姿(すがた)を見(み)ることで安心感(あんしんかん)が得(え)られることは、現代(げんだい)においても多(おお)くの人(ひと)々(びと)の心(こころ)が安(やす)らぐ象徴(しょうちょう)になっています。

アマビエは時代(じだい)を超(こ)えてもなお人(ひと)々(びと)に影響(えいきょう)を与(あた)え続(つづ)けています。その魅力(みりょく)は、歴史(れきし)的(てき)な背景(はいけい)だけでなく、現代(げんだい)においても癒(いや)しと希望(きぼう)の象徴(しょうちょう)です。

以上(いじょう)、癒(いや)しと希望(きぼう)の象徴(しょうちょう)であるアマビエの紹介(しょうかい)でした。

リピートタイム

1・癒(いや)し:治癒

2・疫病(えきびょう):疫病

3・豊作(ほうさく):豐收

4・象徴(しょうちょう):象徵

5・モチーフ:主題

EP154【5千円紙鈔上的人物 津田梅子 編】

今日(きょう)は5000円(えん)札(さつ)の人物(じんぶつ)である「津田(つだ)梅子(うめこ)」を紹介(しょうかい)したいと思(おも)います。

津田(つだ)梅子(うめこ)は日本(にほん)女性(じょせい)の地位(ちい)の向上(こうじょう)に奮闘(ふんとう)した人物(じんぶつ)として、とても名(な)高(だか)いです。

1・生(う)まれ

幕臣(ばくしん)で農(のう)学者(がくしゃ)である津田(つだ)仙(せん)の娘(むすめ)として生(う)まれ、幼(おさな)いころから父(ちち)が蘭学(らんがく)と英語(えいご)を学(まな)び、江戸(えど)幕府(ばくふ)の通訳(つうやく)をしていたのをずっと見(み)ていました。

そして、明治(めいじ)時代(じだい)に入(はい)ると、政府(せいふ)が女子(じょし)留学生(りゅうがくせい)を募集(ぼしゅう)しているの知(し)った父(ちち)・津田(つだ)仙(せん)は、まだ6歳(さい)だった津田(つだ)梅子(うめこ)を応募(おうぼ)させました。この時(とき)の津田(つだ)梅子(うめこ)は5人(にん)の女子(じょし)留学生(りゅうがくせい)の中(なか)で最年少(さいねんしょう)でした。

2・アメリカへ留学(りゅうがく)

アメリカで小学校(しょうがっこう)を卒業(そつぎょう)し、女学校(じょがっこう)にも進(すす)み、英語(えいご)のほかに、フランス語(ご)、ラテン語(ご)、数学(すうがく)、物理学(ぶつりがく)、天文学(てんもんがく)などを学(まな)んで、合計(ごうけい)で11年(ねん)もの間(あいだ)アメリカで暮(く)らしていたそうです。

次第(しだい)に日本語(にほんご)よりも英語(えいご)のほうが自然(しぜん)に出(で)てくるようになったと言(い)われています。

また、8歳(さい)のときには、キリスト教(きょう)の洗礼(せんれい)も受(う)けていたそうです。

3・津田(つだ)梅子(うめこ)の性格(せいかく)

日本(にほん)へ帰国(きこく)後(ご)、日本(にほん)ではまだ男尊(だんそん)女卑(じょひ)の考(かんが)えが根(ね)強(づよ)かったときに、津田(つだ)梅子(うめこ)はすごくショックを受(う)けていました。一人(ひとり)の人間(にんげん)として扱(あつか)われないことが非常(ひじょう)に違和感(いわかん)を持(も)ったそうです。

そして、津田(つだ)梅子(うめこ)に何度(なんど)か縁談(えんだん)も持(も)ち込まれていましたが、「結婚(けっこん)ではなく仕事(しごと)がしたい」と突(つ)っぱねていたそうです。

4・再(ふたた)びアメリカへ

24歳(さい)のときに、もう一度(いちど)アメリカへ留学(りゅうがく)しました。

アメリカのペンシルベニア州のブリンマー大学(だいがく)で生物学(せいぶつがく)を専攻(せんこう)し、書(か)いた論文(ろんぶん)は優秀(ゆうしゅう)な成績(せいせき)を収(おさ)めていたほどでした。

5・女性(じょせい)の地位(ちい)向上(こうじょう)のために

35歳(さい)になった津田(つだ)梅子(うめこ)は身分(みぶん)の垣根(かきね)を超(こ)えた女性(じょせい)のための学校(がっこう)「女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)」を設立(せつりつ)しました。女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)で卒業(そつぎょう)した人(ひと)たちは、当時(とうじ)はまだ珍(めずら)しい英語(えいご)教員(きょういん)として全国(ぜんこく)で活躍(かつやく)しました。

また、女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)は1948年(ねん)に「津田塾(つだじゅく)大学(だいがく)」と改称(かいしょう)し、今(いま)も女子(じょし)大(だい)として数多(かずおお)くの卒業生(そつぎょうせい)を輩出(はいしゅつ)しています。

以上(いじょう)、女性(じょせい)のために奮闘(ふんとう)してきた「津田(つだ)梅子(うめこ)」の紹介(しょうかい)でした。

津田(つだ)梅子(うめこ)がいなかったら、日本(にほん)は未(いま)だに男尊(だんそん)女卑(じょひ)の時代(じだい)なのかもしれませんね。

リピートタイム

1・男尊(だんそん)女卑(じょひ):男尊女卑

2・縁談(えんだん)を持(も)ちかける:提親

3・改称(かいしょう)する:改稱

4・垣根(かきね):隔閡

5・根(ね)強(づよ)い:根深蒂固

EP152【介紹6個特殊工作 編】

今日(きょう)は6つ特殊(とくしゅ)な仕事(しごと)を紹介(しょうかい)します。

特殊(とくしゅ)な仕事(しごと)ってなにを浮(う)かびますか?

鍵(かぎ)師(し)?ユーチューバー?AI絵師(えし)?

今日(きょう)はちょっと変(か)わった仕事(しごと)を紹介(しょうかい)していきます。

1・異臭(いしゅう)判定士(はんていし)

これは工場(こうじょう)などから出(で)るさまざまな異臭(いしゅう)を人(ひと)の嗅覚(きゅうかく)で数値(すうち)化(か)して、その悪臭(あくしゅう)の原因(げんいん)を突(つ)き止(と)めたりする仕事(しごと)です。

または、芳香剤(ほうこうざい)や消臭剤(しょうしゅうざい)に携(たずさ)わるようなお仕事(しごと)もあるようです。

実際(じっさい)には、におい物質(ぶっしつ)は40種類(しゅるい)以上(いじょう)あると言(い)われており、組(く)み合(あ)わせによっては不快(ふかい)なにおいになったりするそうです。

また、国家(こっか)資格(しかく)が必要(ひつよう)で、その平均(へいきん)年収(ねんしゅう)は319万(まん)円(えん)ほどです。

2・万引(まんび)きGメン

正式(せいしき)名称(めいしょう)は「私服(しふく)警備員(けいびいん)」もしくは「保安(ほあん)警備(けいび)職(しょく)」などと呼(よ)ばれています。

警備(けいび)会社(かいしゃ)に勤務(きんむ)し、スーパーやショッピングモールで警備(けいび)を任(まか)される仕事(しごと)です。

一般客(いっぱんきゃく)にまぎれて店内(てんない)で歩(ある)き回(まわ)り、万引(まんび)きをする人(ひと)がいないかどうかずっと見張(みは)りをするのが仕事(しごと)です。その平均(へいきん)年収(ねんしゅう)は300万(まん)円(えん)ほどです。

3・納棺(のうかん)師(し)

亡(な)くなった人(ひと)の体(からだ)を整(ととの)えたり、腐敗(ふはい)処理(しょり)やメイクをしたりするのが納棺(のうかん)師(し)の仕事(しごと)です。

まずは、亡(な)くなった人(ひと)を入浴(にゅうよく)させてから、死後(しご)硬直(こうちょく)している人(ひと)の頬(ほほ)に綿(わた)を詰(つ)めたり、化粧(けしょう)をしたりします。そして、二人(ふたり)以上(いじょう)で遺体(いたい)を棺(ひつぎ)の中(なか)に入(い)れます。

平均(へいきん)年収(ねんしゅう)は386万(まん)円(えん)ですが、大手(おおて)の葬儀(そうぎ)会社(がいしゃ)だと500~600万(まん)円(えん)だそうです。

4・潜水士(せんすいし)

潜水士(せんすいし)はダイバーと違(ちが)って、国家(こっか)試験(しけん)である「潜水士(せんすいし)免許(めんきょ)試験(しけん)」に合格(ごうかく)しなければなりません。具体(ぐたい)的(てき)には、船底(せんてい)や海底(かいてい)の調査(ちょうさ)をしたり、水中(すいちゅう)での土木(どぼく)作業(さぎょう)をしたり、溶接(ようせつ)をしたり、船(ふね)の解体(かいたい)や引(ひ)き上(あ)げをしたりします。その平均(へいきん)年収(ねんしゅう)は600~700万(まん)円(えん)ほどです。

5・ミステリーショッパー

一般客(いっぱんきゃく)に扮(ふん)してお店(みせ)に行って、そのお店(みせ)の接客(せっきゃく)やサービスを調査(ちょうさ)するのが仕事(しごと)です。

このお仕事(しごと)は近年(きんねん)副業(ふくぎょう)としてかなり注目(ちゅうもく)されており、ネットから簡単(かんたん)にエントリーできるのが特徴(とくちょう)です。気(き)になるお給料(きゅうりょう)ですが、1店舗(てんぽ)1000~10000円(えん)程度(ていど)で、調査(ちょうさ)する内容(ないよう)によって金額(きんがく)が異(こと)なります。

6・特殊(とくしゅ)清掃員(せいそういん)

特殊(とくしゅ)清掃員(せいそういん)の仕事(しごと)は事故(じこ)死(し)、孤独(こどく)死(し)の現場(げんば)やごみが大量(たいりょう)にある家(いえ)の片付(かたづ)けがメインです。

主(おも)に血液(けつえき)や体液(たいえき)、死臭(ししゅう)、悪臭(あくしゅう)の除去(じょきょ)、虫(むし)の駆除(くじょ)、遺品(いひん)整理(せいり)、不用品(ふようひん)処分(しょぶん)などです。

その平均(へいきん)年収(ねんしゅう)は322万(まん)円(えん)ほどです。

以上(いじょう)、6つ特殊(とくしゅ)な仕事(しごと)の紹介(しょうかい)でした!

台湾(たいわん)ではあまり見(み)られない仕事(しごと)ですが、日本(にほん)ではわりと多(おお)いのかなと思(おも)います。

特殊(とくしゅ)な仕事(しごと)はこれだけじゃなくて、まだまだあるので、また今度(こんど)紹介(しょうかい)していきます。

リピートタイム:

1・突(つ)き止(と)める:查明、追究

2・まぎれる:混進去、混雜

3・携(たずさ)わる:有關係、參加、從事、參與

4・見張(みは)りをする:監視、看守

5・エントリー:報名

EP151【媽祖 成神前的故事 編】

今日(きょう)は「媽祖(まそ)」こと「天上聖母(てんじょうせいぼ)」のストーリーを紹介(しょうかい)していきたいと思(おも)います。

媽祖(まそ)は航海(こうかい)、漁業(ぎょぎょう)の守護神(しゅごしん)として、世界(せかい)中(じゅう)でかなりの人(ひと)たちに信仰(しんこう)されています。そして、毎年(まいとし)世界(せかい)の宗教(しゅうきょう)三大(さんだい)祭(まつ)りとも呼(よ)ばれる盛大(せいだい)な祭(まつ)りが開(ひら)かれています。

では、ストーリーのほうに入(はい)ります。

昔(むかし)、福建省(ふっけんしょう)の林(りん)家(け)には五(ご)人(にん)の娘(むすめ)と一人(ひとり)の息子(むすこ)がいました。林(りん)家(け)はもう一人(ひとり)息子(むすこ)がほしいと思(おも)い、常(つね)に観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)に祈(いの)りを捧(ささ)げました。

ある晩(ばん)、林(りん)家(け)の奥(おく)さんは夢(ゆめ)を見(み)ました。

そして、こう言(い)いました。

「夢(ゆめ)をみたんです。その夢(ゆめ)の中(なか)で、観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が蓮(はす)の花(はな)をくださったんです。」

それから、なんと、その数日後(すうじつご)に妊娠(にんしん)したのです。

しかし、残念(ざんねん)ながら7人(にん)目(め)の子供(こども)は女(おんな)の子(こ)でした。

少(すこ)し失望(しつぼう)しましたが、女(おんな)の子(こ)の赤(あか)ん坊(ぼう)にも愛情(あいじょう)をもって接(せつ)しました。

この7人(にん)目(め)の女(おんな)の子(こ)はずっと静(しず)かなまま、めったに泣(な)かないため、「林默(りんもく)」と名(な)づけました。

林默(りんもく)は生(う)まれながらに頭(あたま)がよく、優(やさ)しい性格(せいかく)をしています。

8歳(さい)のときに私塾(しじゅく)に通(かよ)い、13歳(さい)のときに年(とし)老(おい)いた道士(どうし)、名(な)は「玄通(げんつう)」と言(い)い、林(りん)家(け)に托鉢(たくはつ)をしに来(き)ました。

林黙(りんもく)の雰囲気(ふんいき)がほかの人(ひと)とは違(ちが)うため、弟子(でし)にして、修行(しゅぎょう)させようとしましたが、林(りん)家(け)の夫婦(ふうふ)が認(みと)めなかったため、年(とし)老(おい)いた道士(どうし)は神(しん)書(しょ)を林黙(りんもく)に渡(わた)して帰(かえ)りました。

その神(しん)書(しょ)は医術(いじゅつ)の本(ほん)で、林黙(りんもく)はそれを勉強(べんきょう)して人(ひと)々(びと)を助(たす)けたため、みんな林黙(りんもく)に感謝(かんしゃ)していました。

そして、数年後(すうねんご)が経(た)ち、林黙(りんもく)がお寺(てら)に行(い)ったときに、となりの井戸(いど)から凄(すさ)まじく強(つよ)い水柱(みずばしら)が出(で)てきたため、みんなそれを見(み)て逃(に)げました。

林黙(りんもく)だけは違(ちが)って、その場(ば)でじっと待(ま)っていました。

しばらくしたら、水(みず)の柱(はしら)の中(なか)から神様(かみさま)が出(で)てきて、林黙(りんもく)に神器(じんぎ)を渡(わた)しました。そして、神様(かみさま)はこう言(い)いました。

「私(わたし)は天帝(てんてい)の神将(しんしょう)だ。この災難(さいなん)を打(う)ち消(け)せる神器(じんぎ)をおまえに渡(わた)そう。うまく使(つか)え。」と言(い)い、すぐに消(き)えました。

そして、林黙(りんもく)は神器(じんぎ)を勉強(べんきょう)し、色(いろ)々(いろ)な法(ほう)術(じゅつ)が使(つか)えるようになり、たくさんの人(ひと)々(びと)を助(すけ)けました。

また、ある日(ひ)、林黙(りんもく)の父(ちち)と兄(あに)が二人(ふたり)で船(ふね)に乗(の)って、海(うみ)に出(で)かけました。

帰(かえ)りは波(なみ)が大(おお)きく、大変(たいへん)な状態(じょうたい)に陥(おちい)りました。

林黙(りんもく)は家(いえ)でそれを感(かん)じたので、ずっと観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)に祈(いのお)りを捧(ささ)げました。

そして、なんと林黙(りんもく)の魂(たましい)が飛(と)び出(で)て、赤(あか)い光(ひかり)も出現(しゅつげん)し、海(うみ)にまで伸(の)びていきました。

この時(とき)、林黙(りんもく)の父(ちち)と兄(あに)の二人(ふたり)が海(うみ)に落(おち)ちて、助(たす)けを待(ま)っていたところ、林黙(りんもく)の魂(たましい)が赤(あか)い光(ひかり)に乗(の)ってきました。

林黙(りんもく)の両手(りょうて)は父(ちち)をつかみ、口(くち)で兄(あに)の服(ふく)をつかんで、岸(きし)に向(むか)かいました。

しかし、家(いえ)にいる母(はは)が林黙(りんもく)のことが心配(しんぱい)で、口(くち)を開(あ)けて水(みず)を飲(の)ませました。

水(みず)を飲(の)んだことが原因(げんいん)で、兄(あに)は再(ふたた)び海(うみ)に落(おち)ちました。父(ちち)を岸(きし)までなんとか運(はこ)びましたが、兄(あに)の姿(すがた)はもうどこにもありませんでした。

この災難(さいなん)を経(へ)て、林黙(りんもく)は大海(たいかい)の無情(むじょう)さと危険(きけん)さを痛(いた)いほど嚙(か)み締(し)めました。

また、村(むら)の人(ひと)がなにか困(こま)りごとがあれば、すぐ林黙(りんもく)に助(たす)けをもとめました。

なにせ林黙(りんもく)は天候(てんこう)の変化(へんか)が予測(よそく)でき、海(うみ)の遭難者(そうなんしゃ)も救助(きゅうじょ)できるため、たくさんの人(ひと)々(びと)に愛(あい)されていました。

林黙(りんもく)は同(おな)じ場所(ばしょ)にいては、助(たす)けられる人が限(かぎ)られてくると思(おも)い、28歳(さい)のときに、両親(りょうしん)に別(わか)れを告(つ)げて、神様(かみさま)になりました。

福建省(ふっけんしょう)の人(ひと)々(びと)が林黙(りんもく)が神様(かみさま)になったと知(し)ったあと、林黙(りんもく)のお寺(てら)を作(つく)りました。

そして、林黙(りんもく)ではなく、「媽祖(まそ)」と呼(よ)ばれるようになりました。

「媽(ま)」は福建省(ふっけんしょう)南部(なんぶ)の女性(じょせい)に対(たい)する敬称(けいしょう)で、「祖(そ)」は先人(せんじん)に対(たい)する敬称(けいしょう)です。

以上、「媽祖(まそ)」のストーリーでした。

みなさんいかがでしたか。

リピートタイム

1・遭難者(そうなんしゃ):遇難者

2・岸(きし):岸邊

3・祈(いの)りを捧(ささ)げる:祈禱

4・神器(じんぎ):神器

5・托鉢(たくはつ):化緣

EP149【一千円紙鈔上的人物 北里柴三郎 篇】

今日(きょう)は1000円(えん)札(さつ)の人物(じんぶつ)についてご紹介(しょうかい)します。

紹介(しょうかい)する前(まえ)に、まず紙幣(しへい)の人物(じんぶつ)の選定(せんてい)理由(りゆう)を教(おし)えます。

1・精密(せいみつ)な写真(しゃしん)がある人物(じんぶつ)じゃなければならない。

2・品格(ひんかく)のある肖像(しょうぞう)の人物(じんぶつ)じゃなければならない。

3・傑出(けっしゅつ)した業績(ぎょうせき)を残(のこ)し、広(ひろ)く認(みと)められている。

以上(いじょう)の3つの理由(りゆう)から1000円(えん)札(さつ)は「北(きた)里(さと)柴三郎(しばさぶろう)」になったのです。

では、彼(かれ)のことを紹介(しょうかい)していきます。

1・感染症(かんせんしょう)研究(けんきゅう)の第一人者(だいいちにんしゃ)

北(きた)里(さと)柴三郎(しばさぶろう)は日本(にほん)の近代(きんだい)医学(いがく)の父(ちち)として讃(たた)えられるほどの偉大(いだい)な人物(じんぶつ)です。

ドイツに留学(りゅうがく)して細菌学(さいきんがく)の世界(せかい)的(てき)権威(けんい)の「ロベルト・ゴッホ」博士(はかせ)のところで勉強(べんきょう)をしました。

主(おも)に破傷風(はしょうふう)とジフテリアの血清(けっせい)療法(りょうほう)を開発(かいはつ)しました。

そして、教育者(きょういくしゃ)としても有名(ゆうめい)でした。

また、すごいことに、第(だい)一(いっ)回(かい)ノーベル生理学(せいりがく)・医学賞(いがくしょう)の候補(こうほ)にも挙(あ)がったことがあります。

2・猫(ねこ)ブーム

1894年に香港(ほんこん)でペストが大(だい)流行(りゅうこう)していたときに、北(きた)里(さと)柴三郎(しばさぶろう)は鼠(ねずみ)がペスト菌(きん)を媒介(ばいかい)していることを発見(はっけん)し、ペスト菌(きん)による血清(けっせい)療法(りょうほう)も確立(かくりつ)しました。

また、鼠(ねずみ)の天敵(てんてき)である猫(ねこ)を飼(か)って駆逐(くちく)して予防(よぼう)しようと言(い)い出(だ)したのです。

その後(あと)、日本(にほん)にもペスト菌(きん)が入(はい)ってきてしまい、そのときも、猫(ねこ)を飼(か)いましょうと日本人(にほんじん)に呼(よ)びかけたのです。

そのため、日本人(にほんじん)にとって、猫(ねこ)はとても身近(みぢか)な動物(どうぶつ)となりました。

3・少年(しょうねん)時代(じだい)

北(きた)里(さと)柴三郎(しばさぶろう)の少年(しょうねん)時代(じだい)は剣道(けんどう)や馬術(ばじゅつ)などの武道(ぶどう)をやっていました。

当時(とうじ)は政治家(せいじか)や軍人(ぐんじん)を志(こころざ)していましたが、オランダ人(じん)医師(いし)の「医学(いがく)も男子(だんし)一生(いっしょう)の仕事(しごと)なり得(え)る」という言葉(ことば)を聞(き)いてから、医学(いがく)の道(みち)に進(すす)みました。

以上(いじょう)、北(きた)里(さと)柴三郎(しばさぶろう)の紹介(しょうかい)でした。

いかがでしたか。

日本(にほん)の1000円(えん)札(さつ)はわりと色(いろ)々(いろ)なことができますね。

あなたならどう使(し)いますか?

リピートタイム:

1・傑出(けっしゅつ)する:傑出

2・破傷風(はしょうふう):破傷風

3・ジフテリア:白喉

4・ペスト:鼠疫

5・志(こころざ)す:立志

EP148【日本妖怪 雪女 篇】

今日(きょう)は日本(にほん)の妖怪(ようかい)「雪女(ゆきおんな)」についてご紹介(しょうかい)します。

雪女(ゆきおんな)は別名(べつめい)「ゆきむすめ」、「ゆきおなご」などと呼(よ)ばれています。

雪女(ゆきおんな)は美(うつく)しい女性(じょせい)の容姿(ようし)をしていますが、いつも「死(し)」を意味(いみ)する白装束(しろしょうぞく)を身(み)にまとっています。

基本(きほん)的(てき)には悪(わる)い妖怪(ようかい)で、口(くち)から冷気(れいき)を吹(ふ)きかけ、男性(だんせい)を凍死(とうし)させたり、男性(だんせい)の精気(せいき)を吸(す)いつくして殺(ころ)すなどをする「雪(ゆき)の妖怪(ようかい)」として広(ひろ)く認知(にんち)されています。

では「雪女(ゆきおんな)」のストーリーについて始(はじ)めます。

ある冬(ふゆ)の日(ひ)に、木(き)こりのおじいさんと巳之吉(みのきち)が山(やま)に行きました。

ひどい吹雪(ふぶき)に見舞(みま)われ、どうしようと思(おも)っていたら、近(ちか)くに小屋(こや)があったので、その小屋(こや)に入(はい)りました。

小屋(こや)の中(なか)にはだれもいなかったので、二人(ふたり)はその場(ば)で寝(ね)ました。

そして、夜中(よなか)になると、冷(つめ)たい空気(くうき)を感(かん)じて、巳之吉(みのきち)はすぐに目(め)を覚(さ)ましました。

あたりを見(み)渡(わた)すと、おじいさんの近(こん)くに白(しろ)い女(おんな)の人(ひと)が立(た)っていたのです。

女(おんな)の人(ひと)はおじいさんに白(しろ)い息(いき)を吹(ふ)きかけると、おじいさんは亡(な)くなりました。

そして、巳之吉(みのきち)のそばにやってきてこう言(い)いました。

「怖がらなくてもいいんだよ。おまえはまだ若(わか)い。おじいさんのようにはしないから安心(あんしん)しろ。でも、このことは決(けっ)してだれにも言(い)ってはいけないよ。言(い)ったら殺(ころ)さないといけなくなるからね。」

それを言(い)ったあとに、雪女(ゆきおんな)はすーっと消(き)えてしまいました。

そして、1年(ねん)後(ご)の冬(ふゆ)になりました。

巳之吉(みのきち)は仕事(しごと)を終(お)わって、帰(かえ)る途中(とちゅう)に、一人(ひとり)の旅(たび)娘(むすめ)に道(みち)を聞(き)かれました。

「同(おな)じ道(みち)だね。一緒(いっしょ)に行(い)きましょう。」と巳之吉(みのきち)がいうと、

旅(たび)娘(むすめ)はこう言(い)いました。

「ありがとうございます。私(わたし)はお雪(ゆき)と申(もう)します。」

小雪(こゆき)の名前(なまえ)の通(とお)り、肌(はだ)が白(しろ)くきれいな娘(むすめ)です。

続(つづ)けて小雪(こゆき)はこう言(い)いました。

「両親(りょうしん)が亡(な)くなって、これから親戚(しんせき)の家(いえ)にいくのです」

巳之吉(みのきち)はこう言(い)いました。

「今日(きょう)のところは、もう遅(おそ)いので、うちに泊(と)まっていきなさい。」

そして、何日(なんにち)も巳之吉(みのきち)の家(いえ)で過(す)ごしました。

春(はる)になると、二人(ふたり)はめでたく夫婦(ふうふ)となりました。

巳之吉(みのきち)とお雪(ゆき)の間(あいだ)に十(じゅう)人(にん)もの子供(こども)ができました。

そして、ある冬(ふゆ)の晩(ばん)のことです。

お雪(ゆき)を見(み)て、巳之吉(みのきち)が言(い)いました。

「おまえを見(み)ると、若(わか)いころを思(おも)い出(だ)すよ。おまえのように白(しろ)くてきれいな女(おんな)の人(ひと)を見(み)たことがある。」

「その人(ひと)はどんな人(ひと)ですか。なにをしていましたか。」

お雪(ゆき)に聞(き)かれるままに、巳之吉(みのきち)は全部(ぜんぶ)答(こた)えてしまいました。

「それは私(わたし)だ。だれかに話(はな)したら命(いのち)はないと言(い)った。でも子供(こども)たちのことも考(かんが)えると、おまえをころせない。子供(こども)は大事(だいじ)に育(そだ)てておくれ。」

そして、お雪(ゆき)は白(しろ)い霧(きり)のようになって消(き)えてしまいました。

雪女(ゆきおんな)は巳之吉(みのきち)に対(たい)して情(じょう)が湧(わ)いて殺(ころ)せませんでした。

それから、お雪(ゆき)の姿(すがた)を見(み)ることはありませんでした。

以上(いじょう)が雪女(ゆきおんな)の紹介(しょうかい)とストーリーでした。

リピートタイム

1・情(じょう)が湧(わ)く:產生感情

2・容姿:外貌

3・身(み)にまとう:穿著

4・見舞(みま)われる:遭受

5・霧(きり):霧

EP147【静岡県旅行 篇】

OK日文Podcast聽眾訂閱方案

今日(きょう)は静岡(しずおか)県(けん)について紹介(しょうかい)したいと思(おも)います。

静岡(しずおか)は、人口(じんこう)が約(やく)360万(まん)人(にん)で、日本(にほん)の中部(ちゅうぶ)に位置(いち)しており、北東(ほくとう)側(がわ)は山梨(やまなし)県(けん)と神奈川(かながわ)県(けん)、南西(なんせい)側(がわ)は愛知(あいち)県(けん)、西側(にしがわ)は長野(ながの)県(けん)に隣接(りんせつ)しています。南側(みなみがわ)は太平洋(たいへいよう)に面(めん)しています。

また、静岡(しずおか)県(けん)の主(おも)な産業(さんぎょう)としては、輸送(ゆそう)用(よう)機械(きかい)や電気(でんき)機械(きかい)、科学(かがく)工業(こうぎょう)です。

では紹介(しょうかい)していきます。

1・バイク

日本(にほん)には4大(だい)バイクメーカーがあり、それぞれ「ホンダ」、「スズキ」、「ヤマハ」、「カワサキ」で、そのうち3つのメーカー「ホンダ」、「スズキ」、「ヤマハ」が静岡(しずおか)の浜松(はままつ)で創業(そうぎょう)しています。

2・アニメの聖地(せいち)

静岡(しずおか)には、誰(だれ)もが知(し)っている「ちびまる子ちゃん」というアニメの舞台(ぶたい)が静岡(しずおか)の清水(しみず)にあります。

「ゆるキャン△」にも静岡(しずおか)の富士宮(ふじのみや)市(し)や御前崎(おまえざき)市(し)など、さまざまなスポットが登場(とうじょう)します。

また、「ラブライブ!サンシャイン!!」というアニメも静岡(しずおか)の沼津(ぬまづ)市(し)が舞台(ぶたい)で、ほかにもたくさんありますが、アニメの聖地(せいち)といえば、静岡(しずおか)で間(ま)違(ちが)いないでしょう。

3・駿河(するが)雛人形(ひなにんぎょう)

駿河(するが)雛人形(ひなにんぎょう)は静岡(しずおか)の掛川(かけがわ)市(し)や焼津(やいづ)市(し)などで作(つく)られる伝統(でんとう)工芸品(こうげいひん)です。

およその値段(ねだん)ですが、雛人形(ひなにんぎょう)2体(たい)で13万(まん)円(えん)で、5体(たい)だと66万(まん)円(えん)ほどです。

ちなみに、ひな祭(まつ)りの雛人形(ひなにんぎょう)は娘(むすめ)がいるお家(うち)が買(か)ったりするのですが、買(か)うのは必(かなら)ず母方(ははかた)の両親(りょうしん)が買(か)うのです。

4・緑茶(りょくちゃ)

日本茶(にほんちゃ)の主要(しゅよう)産地(さんち)といえば静岡(しずおか)県(けん)で、その生産(せいさん)量(りょう)と栽培(さいばい)面積(めんせき)は日本(にほん)国内(こくない)第(だい)一(いち)位(い)です。

また、静岡(しずおか)の「静岡(しずおか)茶(ちゃ)」は京都(きょうと)の「宇治(うじ)茶(ちゃ)」、埼玉(さいたま)の「狭山(さやま)茶(ちゃ)」と並(なら)んで日本(にほん)の三大(さんだい)茶(ちゃ)です。

静岡(しずおか)茶(ちゃ)をお土産(みやげ)にするのはかなりおすすめです。

5・桜(さくら)えび

桜(さくら)えびは静岡(しずおか)の駿河湾(するがわん)と台湾(たいわん)でしかとれません。非常(ひじょう)に貴重(きちょう)です。

静岡(しずおか)を代表(だいひょう)する海(うみ)の幸(さち)と言(い)っても過言(かごん)ではありません。

桜(さくら)えびは刺身(さしみ)、かき揚(あ)げ、釜(かま)飯(めし)として食(た)べられます。

6・鰻(うなぎ)

静岡(しずおか)の浜名湖(はまなこ)はうなぎ養殖(ようしょく)発祥(はっしょう)の地(ち)で、100年(ねん)以上(いじょう)の歴史(れきし)があります。

日本人(にほんじん)がわざわざ遠方(えんぽう)から静岡(しずおか)まで行(い)って鰻(うなぎ)を食(た)べる人(ひと)も少(すく)なくありません。それほどの名店(めいてん)がそろっているのです。

安(やす)いところだと3,000~6000円(えん)ぐらいかかります。

静岡(しずおか)の浜名湖(はまなこ)の有名(ゆうめい)店(てん)も一緒(いっしょ)に紹介(しょうかい)します。

「うなぎ千草(ちぐさ)」、「さくめ」などがかなりの有名(ゆうめい)店(てん)です。

7・山葵(わさび)

静岡(しずおか)の水(みず)山葵(わさび)の伝統(でんとう)栽培(さいばい)が2018年(ねん)に世界(せかい)農業(のうぎょう)遺産(いさん)に認定(にんてい)されました。

山葵(わさび)の出産(しゅっさん)量(りょう)も静岡(しずおか)が断(だん)トツの一(いち)位(い)です。

また、山葵(わさび)には血流(けつりゅう)の改善(かいぜん)作用(さよう)、抗(こう)酸化(さんか)作用(さよう)、美肌(びはだ)効果(こうか)、ガンの抑制(よくせい)作用(さよう)などの効果(こうか)があります。

外国(がいこく)人(じん)には興味(きょうみ)がないかもしれませんが「わさび漬(づ)け」がとにかく有名(ゆうめい)で、静岡(しずおか)土産(みやげ)の定番(ていばん)です。

8・富士宮(ふじのみや)やきそば

富士宮(ふじのみや)やきそばはB級(きゅう)グルメで、その食感(しょっかん)はもちもちで、ソースは甘酸(あまず)っぱいです。

値段(ねだん)は500~700円(えん)前後(ぜんご)ですが、高(たか)いところだと1000円(えん)近(ちか)くします。

おすすめの富士宮(ふじのみや)やきそばのお店(みせ)は「富士宮(ふじのみや)やきそばアンテナショップ」と「ここずらよ」です。

9・久能(くのう)山(ざん)東照宮(とうしょうぐう)

ここは徳川(とくがわ)家康(いえやす)を祀(まつ)っている神社(じんじゃ)です。

まず、5分(ふん)ほどロープウェイに乗(の)ると、久能(くのう)山(ざん)駅(えき)に着(つ)きます。

そして、拝観料(はいかんりょう)を払(はら)い境内(けいだい)を進(すす)んでいくと、「東(とう)照(しょう)大(だい)権限(ごんげん)」と書(か)かれた額(がく)が見(み)えます。「東(とう)照(しょう)大(だい)権限(ごんげん)」とは「徳川(とくがわ)家康(いえやす)」のことで、亡(な)くなったあとは神格(しんかく)化(か)され、神様(かみさま)として祀(まつ)られています。

ちなみに、拝観料(はいかんりょう)ですが、大人(おとな)800円(えん)で子供(こども)300円(えん)です。

10・黒船(くろふね)祭(さい)

ペリーが率(ひき)いるアメリカ海軍(かいぐん)が日本(にほん)に来(き)たのは1854年(ねん)ですが、その後(あと)静岡(しずおか)の下田(しもだ)が開港(かいこう)しました。

世界(せかい)平和(へいわ)と国際(こくさい)親善(しんぜん)のために始(はじ)まったのがこの黒船(くろふね)祭(さい)で、毎年(まいとし)五(ご)月(がつ)第(だい)三(さん)金曜日(きんようび)から日曜日(にちようび)にかけて三(さん)日(にち)間(かん)行(おこな)われます。

海上(かいじょう)花火(はなび)大会(たいかい)と公式(こうしき)パレード、着物(きもの)のファッションショーなど、かなりイベントが盛(も)りだくさんです。

11・三保(みほ)の松原(まつばら)

三保(みほ)の松原(まつばら)は静岡(しずおか)の清水(しみず)にあり、日本(にほん)の新(しん)三景(さんけい)、日本(にほん)三大(さんだい)松原(まつばら)のひとつに認定(にんてい)されています。

車(くるま)でしか通(とお)れないため、レンタカーでいく必要(ひつよう)があります。

また、近(ちか)くに「海(うみ)のはくぶつかん(東海(とうかい)大学(だいがく)海洋(かいよう)科学(かがく)博物館(はくぶつかん))」もあり、深海魚(しんかいぎょ)が好(す)きな方(かた)は行(い)ってみてください。

12・白糸(しらいと)の滝(たき)

天下(てんか)の名瀑(めいばく)として名(な)高(だか)い「白糸(しらいと)の滝(たき)」です。

高(たか)さ20メートル、幅(はば)150メートルの壁(かべ)から、数百(すうひゃく)の滝(たき)が流(なが)れています。

複数(ふくすう)の滝(たき)が流(なが)れているため、その見(み)た目(め)から「白糸(しらいと)」と呼(よ)ばれているのです。

13・いちご狩(が)り

静岡(しずおか)はいちごの生産(せいさん)量(りょう)が日本(にほん)国内(こくない)で五(ご)位(い)です。

静岡(しずおか)で栽培(さいばい)されている三大(さんだい)品種(ひんしゅ)は「彰姫(あきひめ)」、「きらぴ香(か)」、「紅(べに)ほっぺ」です。

「彰姫(あきひめ)」は1991年に静岡(しずおか)で生(う)まれた品種(ひんしゅ)です。今でも根(ね)強(づよ)い人気(にんき)があります。

「きらぴ香(か)」は2015年に静岡で生まれた品種です。

「紅(べに)ほっぺ」は静岡(しずおか)で最(もっと)も栽培(さいばい)されており、静岡(しずおか)生(う)まれの品種(ひんしゅ)です。

14・お土産(みやげ)

静岡(しずおか)の有名(ゆうめい)なお土産(みやげ)といえば、クリームが入(はい)ったケーキの「こっこ」やうなぎのエキスで作(つく)られた「うなぎパイ」、日本茶(にほんちゃ)、わさび漬(づ)けがとにかくおすすめです。

静岡(しずおか)駅(えき)か清水(しみず)ドリームプラザなら必ず売(う)っているので見(み)てみてください。

15・エスパルスドリームプラザ

静岡(しずおか)の清水(しみず)にある「エスパルスドリームプラザ」は色(いろ)々(いろ)なお土産(みやげ)コーナーやゲームセンター、映画館(えいがかん)、観覧車(かんらんしゃ)がある複合(ふくごう)施設(しせつ)です。

「ちびまる子(こ)ちゃんランド」もあるので、中(なか)に入(はい)って、ちびまる子(こ)ちゃんの生活(せいかつ)を体験(たいけん)してみてください。ちびまる子(こ)ちゃんのお土産(みやげ)もあるので、かなりおすすめです。

以上(いじょう)、静岡(しずおか)の紹介(しょうかい)でした。

静岡(しずおか)は東京(とうきょう)から非常(ひじょう)に近(ちか)く、旅行(りょこう)に行(い)きやすい県(けん)じゃないかなと思(おも)います。

今日(きょう)のエピソードを聞(き)いたら、まだ静岡(しずおか)に行(い)ったことない人は、ぜひ行(い)ってみください。

リピートタイム

1・断(だん)トツ:遙遙領先

2・エキス:萃取物

3・品種(ひんしゅ):品種

4・滝(たき):瀑布

5・額(がく):匾額

EP146【節分 撒豆子丟鬼的日子 編】

今日(きょう)は「節分(せつぶん)」についてご紹介(しょうかい)します。

節分(せつぶん)は2月(がつ)3日(か)の伝統(でんとう)行事(ぎょうじ)です。

厄払(やくばら)いとして、「鬼(おに)は外(そと)」、「福(ふく)はうち」と言(い)いながら、鬼(おに)に扮装(ふんそう)した人(ひと)に対(たい)して豆(まめ)を投(な)げる日(ひ)です。

この日(ひ)は「みんなが健康(けんこう)で過(す)ごせますように」という意味(いみ)が込(こ)められています。

1・どうして豆(まめ)?

中国(ちゅうごく)の医書(いしょ)「神農本草経(しんのうほんぞんきょう)」では「豆(まめ)で鬼(き)毒(どく)を滅(めっ)して痛(いた)みが止(とめ)められる」と書(か)かれてあるためです。

また、豆(まめ)は「魔(ま)を滅(めっ)する」と発音(はつおん)が似(に)ているからです。

2・この日(ひ)はなにを食(た)べる?

この日(ひ)は恵方巻(えほうまき)を食(た)べます。

恵方巻(えほうまき)は七福神(しちふくじん)にちなんで、7種類(しゅるい)の具材(ぐざい)を使(つか)うのが一般(いっぱん)的(てき)です。

恵方巻(えほうまき)は商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)の意味(いみ)もあるそうで、かなり縁起(えんぎ)のいい食(た)べ物(もの)です。

また、いわしと落花生(らっかせい)、節分(せつぶん)そばなども食(た)べたりします。

日本(にほん)の県(けん)によっては、大豆(だいず)をなげるのではなく、そのまま落花生(らっかせい)で投(な)げる家庭(かてい)が多(おお)いようです。

3・豆(まめ)を供(そな)える

福(ふく)豆(まめ)と呼(よ)ばれる豆(まめ)は、鬼(おに)に豆(まめ)を投(な)げるまでは、家(いえ)の神棚(かみだな)にお供(そな)えします。

もし神棚(かみだな)が家(いえ)にない場合(ばあい)は、高(たか)いところに置(お)くのがベストだそうです。

4・豆(まめ)を食(た)べる

自分(じぶん)の年齢(ねんれい)と同(おな)じ数(かず)の豆(まめ)を食(た)べます。

これは「年(とし)取(と)り豆(まめ)」と言(い)い、食(た)べることで、体(からだ)が健康(けんこう)になって病気(びょうき)になりにくいと言(い)われています。

節分(せつぶん)に関(かん)する説明(せつめい)は以上(いじょう)です。

この行事(ぎょうじ)は子供(こども)からはすごく人気(にんき)で、毎年(まいとし)楽(たの)しみにしているご家庭(かてい)も多(おお)いみたいです。

リピートタイム:

1・供(そな)える:供奉

2・厄払(やくばら)い:驅邪

3・福(ふく):福氣

4・ベスト:最好

5・伝統(でんとう):傳統