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台灣佛道教神明

原來紫陽夫子就是朱熹?你不知道的成神之路 EP203

紫陽夫子是誰?朱熹如何從大儒成為學業守護神的完整解析

みなさん、こんにちは。OK日文へようこそ。OK先生です。
今日(きょう)は「紫陽夫子(しようふうし)(しようふうし)って誰(だれ)?」そして「どうして神様(かみさま)みたいに祀(まつ)られてるの?」を、サクッと話(はな)します。

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城隍爺:守護陰陽界的正義神明 EP199

城隍爺:跨越生死的正義神明,守護陰陽兩界的故事

みなさん、こんにちは。OK日文へようこそ。OK先生です。

今日(きょう)のテーマは、ちょっと不思議(ふしぎ)で、そしてどこか背筋(せすじ)がピンとするような、でも人情味(にんじょうみ)あふれる神(かみ)さま――「城隍爺(じょうこうさま)」についてのお話(はなし)です。

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太上老君如何成神?從老子到道教三清的演變

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常山趙子龍是誰?百戰百勝的趙聖帝君:EP192

趙聖帝君的成神傳說|三國名將趙雲如何化身道教護法大神

みなさん、こんにちは!OK日文へようこそ。OK先生です。

今回(こんかい)は日本(にほん)の話(はなし)ではなく、道教(どうきょう)の神様(かみさま)についてのお話(はなし)です。

宗教(しゅうきょう)の話(はなし)になるので、少(すこ)しつまらないかもしれませんが、普段(ふだん)みなさんが勉強(べんきょう)している日本語(にほんご)とは全(まった)く違(ちが)う日本語(にほんご)が勉強(べんきょう)になるので、かなりおすすめです。

では始(はじ)めましょう。

趙聖帝君(ちょうせいていくん)は、みんなから「子龍爺(しりょうや)」とか「南宮輔佐真君(なんきゅうほさしんくん)」とも呼(よ)ばれています。
道教(どうきょう)では、とても大事(だいじ)な護法(ごほう)の神様(かみさま)のひとりで、雷部三十六元帥(らいぶさんじゅうろくげんすい)のひとりでもあるんです。
その役目(やくめ)は、妖怪(ようかい)や魔物(まもの)を退治(たいじ)して、正(ただ)しい道(みち)を守(まも)り、病気(びょうき)や災(わざわ)いを追(お)い払(はら)って、人々(ひとびと)の暮(く)らしと家族(かぞく)を平和(へいわ)に守(まも)ることなんですよ。

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關聖帝君的神格化歷程: EP163

關聖帝君成為神明的歷程與全球信仰:武神、商業神與學問神的崇拜

みなさん、「関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)」こと「関羽(かんう)」のことは知(し)っていますか。

「関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)」は「関羽(かんう)」が死後(しご)に神格(しんかく)化(か)された名前(なまえ)です。

関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)は非常(ひじょう)に忠義(ちゅうぎ)と武勇(ぶゆう)に優(すぐ)れた人物(じんぶつ)で、中国(ちゅうごく)だけでなく、周辺(しゅうへん)の中華(ちゅうか)圏(けん)の国(くに)々(ぐに)でも広(ひろ)く信仰(しんこう)されています。

今日(きょう)は関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)が神様(かみさま)になるまでのストーリーをご紹介(しょうかい)します。

關羽:三國時代蜀漢武將的傳奇與神格化歷程

1・関羽(かんう)の生涯(しょうがい)と伝説(でんせつ)

関羽(かんう)は三国(さんごく)時代(じだい)の蜀(しょく)漢(かん)の武将(ぶしょう)で、劉備(りゅうび)と張飛(ちょうひ)と共(とも)に義兄弟(ぎきょうだい)の契(ちぎ)りを交(か)わしました。

彼(かれ)のイメージは赤兎馬(せきとば)に乗(の)り、青龍(せいりゅう)偃月(えんげつ)刀(とう)を持(も)ち、たくさんの戦(たたか)いで活躍(かつやく)したといったイメージです。

しかし、後(のち)に呉(ご)に捕(と)らえられ、219年(ねん)に処刑(しょけい)されました。関羽(かんう)の死後(しご)に神格(しんかく)化(か)が始(はじ)まります。

關羽死後神格化:傳說與歷史背景的影響

2・神格(しんかく)化(か)の始(はじ)まり

関羽(かんう)の死後(しご)、すぐに神様(かみさま)として崇(あが)められたわけではなく、色(いろ)々(いろ)な伝説(でんせつ)や歴史(れきし)的(てき)背景(はいけい)によって神格(しんかく)化(か)されました。

関羽(かんう)の霊(れい)は曹操(そうそう)の夢(ゆめ)に現(あらわ)れた話(はなし)と、関羽(かんう)の霊(れい)が僧侶(そうりょ)の夢(ゆめ)に現(あらわ)れ「悟(さと)りを開(ひら)きたい」と願(ねが)ったという逸話(いつわ)が残(のこ)っています。このことから、関羽(かんう)は仏教(ぶっきょう)の護法(ごほう)神(じん)として信仰(しんこう)されるようになりました。

關羽在宋代的神格化:戰神與商業神的崇拜起源

3・霊験(れいげん)あらたかな伝説(でんせつ)

宋(そう)の時代(じだい)に突然(とつぜん)戦場(せんじょう)に現(あらわ)れた関羽(かんう)の霊(れい)は宋(そう)軍(ぐん)を助(たす)けたと言(い)われています。

これをきっかけに、関羽(かんう)は「戦(たたか)いの神(かみ)」として信仰(しんこう)されるようになりました。

また、関羽(かんう)は生前(せいぜん)、信用(しんよう)を重(おも)んじる人物(じんぶつ)なので、商人(しょうにん)たちは彼(かれ)を「誠実(せいじつ)の象徴(しょうちょう)」として崇拝(すうはい)し、商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)の神様(かみさま)として信仰(しんこう)するようになりました。

關羽的神格化與歷代皇帝的認可:從武安王到三界伏魔大帝

4・歴代(れきだい)の皇帝(こうてい)による封神(ほうしん)

次第(しだい)に関羽(かんう)は民間(みんかん)信仰(しんこう)だけでなく、歴代(れきだい)の中国(ちゅうごく)の皇帝(こうてい)によって正式(せいしき)に神(かみ)として認(みと)められました。

宋(そう)の時代(じだい)では、宋(そう)の皇帝(こうてい)は関羽(かんう)を「義(ぎ)勇(ゆう)武安(ぶあん)王(おう)」として称(たた)え、正式(せいしき)に神(かみ)として崇拝(すうはい)しました。

そして、明(みん)の時代(じだい)になると、関羽(かんう)の名声(めいせい)はさらに高(たか)まり、「関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)」という名前(なまえ)が与(あた)えられました。このことから、関羽(かんう)は単(たん)なる神(かみ)ではなく、国(くに)を守(まも)る最高位(さいこうい)の神様(かみさま)の「帝(てい)君(くん)」とされました。

また、清(しん)の時代(じだい)になると、関羽(かんう)は「三界(さんかい)伏(ふく)魔(ま)大帝(たいてい)神威(しんい)遠(えん)鎮(ちん)天(てん)尊(そん)関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)という最高(さいこう)の称号(しょうごう)を授(さず)かりました。

これは、天(てん)、地(ち)、人(じん)のすべてを守(まも)る神(かみ)としての地位(ちい)を確立(かくりつ)したという意味(いみ)です。

關羽的三重神格:武神、商業神與學問神的信仰擴展

5・信仰(しんこう)の広(ひろ)がり

関羽(かんう)は武(ぶ)神(しん)、商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)の神(かみ)、学問(がくもん)の神(かみ)として広(ひろ)く信仰(しんこう)されるようになりました。

武(ぶ)神(しん)として祀(まつ)られるのは、軍人(ぐんじん)や警察官(けいさつかん)が戦(いくさ)や仕事(しごと)の安全(あんぜん)を祈(いの)ります。

商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)の神(かみ)として祀(まつ)られるのは、関羽(かんう)は信用(しんよう)を重(おも)んじる性格(せいかく)なので、商人(しょうにん)たちは商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)を祈(いの)ります。

学問(がくもん)の神(かみ)として祀(まつ)られるのは、関羽(かんう)は「春秋(しゅんじゅう)」という書物(しょもつ)を愛読(あいどく)していたことから、学問(がくもん)の神(かみ)としても信仰(しんこう)されるようになりました。

以上(いじょう)、5つ関(かん)聖(せい)帝(てい)君(くん)が神様(かみさま)になった経緯(けいい)でした。

民間(みんかん)で信仰(しんこう)されて、後(のち)に皇帝(こうてい)に正式(せいしき)の神(かみ)として封(ほう)じられた関(せき)聖(せい)帝(てい)君(くん)は、現在(げんざい)では、武(ぶ)神(しん)、商業(しょうぎょう)の神(かみ)、学問(がくもん)の神(かみ)として、世界(せかい)中(じゅう)で信仰(しんこう)されています。

リピートタイム

1・経緯(けいい):經過

2・祀(まつ)る:祭拜、供奉

3・重(おも)んじる:重視、看重

4・称(たた)える:讚揚

5・封神(ほうしん):封神

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EP151【媽祖 成神前的故事 編】

今日(きょう)は「媽祖(まそ)」こと「天上聖母(てんじょうせいぼ)」のストーリーを紹介(しょうかい)していきたいと思(おも)います。

媽祖(まそ)は航海(こうかい)、漁業(ぎょぎょう)の守護神(しゅごしん)として、世界(せかい)中(じゅう)でかなりの人(ひと)たちに信仰(しんこう)されています。そして、毎年(まいとし)世界(せかい)の宗教(しゅうきょう)三大(さんだい)祭(まつ)りとも呼(よ)ばれる盛大(せいだい)な祭(まつ)りが開(ひら)かれています。

では、ストーリーのほうに入(はい)ります。

昔(むかし)、福建省(ふっけんしょう)の林(りん)家(け)には五(ご)人(にん)の娘(むすめ)と一人(ひとり)の息子(むすこ)がいました。林(りん)家(け)はもう一人(ひとり)息子(むすこ)がほしいと思(おも)い、常(つね)に観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)に祈(いの)りを捧(ささ)げました。

ある晩(ばん)、林(りん)家(け)の奥(おく)さんは夢(ゆめ)を見(み)ました。

そして、こう言(い)いました。

「夢(ゆめ)をみたんです。その夢(ゆめ)の中(なか)で、観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が蓮(はす)の花(はな)をくださったんです。」

それから、なんと、その数日後(すうじつご)に妊娠(にんしん)したのです。

しかし、残念(ざんねん)ながら7人(にん)目(め)の子供(こども)は女(おんな)の子(こ)でした。

少(すこ)し失望(しつぼう)しましたが、女(おんな)の子(こ)の赤(あか)ん坊(ぼう)にも愛情(あいじょう)をもって接(せつ)しました。

この7人(にん)目(め)の女(おんな)の子(こ)はずっと静(しず)かなまま、めったに泣(な)かないため、「林默(りんもく)」と名(な)づけました。

林默(りんもく)は生(う)まれながらに頭(あたま)がよく、優(やさ)しい性格(せいかく)をしています。

8歳(さい)のときに私塾(しじゅく)に通(かよ)い、13歳(さい)のときに年(とし)老(おい)いた道士(どうし)、名(な)は「玄通(げんつう)」と言(い)い、林(りん)家(け)に托鉢(たくはつ)をしに来(き)ました。

林黙(りんもく)の雰囲気(ふんいき)がほかの人(ひと)とは違(ちが)うため、弟子(でし)にして、修行(しゅぎょう)させようとしましたが、林(りん)家(け)の夫婦(ふうふ)が認(みと)めなかったため、年(とし)老(おい)いた道士(どうし)は神(しん)書(しょ)を林黙(りんもく)に渡(わた)して帰(かえ)りました。

その神(しん)書(しょ)は医術(いじゅつ)の本(ほん)で、林黙(りんもく)はそれを勉強(べんきょう)して人(ひと)々(びと)を助(たす)けたため、みんな林黙(りんもく)に感謝(かんしゃ)していました。

そして、数年後(すうねんご)が経(た)ち、林黙(りんもく)がお寺(てら)に行(い)ったときに、となりの井戸(いど)から凄(すさ)まじく強(つよ)い水柱(みずばしら)が出(で)てきたため、みんなそれを見(み)て逃(に)げました。

林黙(りんもく)だけは違(ちが)って、その場(ば)でじっと待(ま)っていました。

しばらくしたら、水(みず)の柱(はしら)の中(なか)から神様(かみさま)が出(で)てきて、林黙(りんもく)に神器(じんぎ)を渡(わた)しました。そして、神様(かみさま)はこう言(い)いました。

「私(わたし)は天帝(てんてい)の神将(しんしょう)だ。この災難(さいなん)を打(う)ち消(け)せる神器(じんぎ)をおまえに渡(わた)そう。うまく使(つか)え。」と言(い)い、すぐに消(き)えました。

そして、林黙(りんもく)は神器(じんぎ)を勉強(べんきょう)し、色(いろ)々(いろ)な法(ほう)術(じゅつ)が使(つか)えるようになり、たくさんの人(ひと)々(びと)を助(すけ)けました。

また、ある日(ひ)、林黙(りんもく)の父(ちち)と兄(あに)が二人(ふたり)で船(ふね)に乗(の)って、海(うみ)に出(で)かけました。

帰(かえ)りは波(なみ)が大(おお)きく、大変(たいへん)な状態(じょうたい)に陥(おちい)りました。

林黙(りんもく)は家(いえ)でそれを感(かん)じたので、ずっと観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)に祈(いのお)りを捧(ささ)げました。

そして、なんと林黙(りんもく)の魂(たましい)が飛(と)び出(で)て、赤(あか)い光(ひかり)も出現(しゅつげん)し、海(うみ)にまで伸(の)びていきました。

この時(とき)、林黙(りんもく)の父(ちち)と兄(あに)の二人(ふたり)が海(うみ)に落(おち)ちて、助(たす)けを待(ま)っていたところ、林黙(りんもく)の魂(たましい)が赤(あか)い光(ひかり)に乗(の)ってきました。

林黙(りんもく)の両手(りょうて)は父(ちち)をつかみ、口(くち)で兄(あに)の服(ふく)をつかんで、岸(きし)に向(むか)かいました。

しかし、家(いえ)にいる母(はは)が林黙(りんもく)のことが心配(しんぱい)で、口(くち)を開(あ)けて水(みず)を飲(の)ませました。

水(みず)を飲(の)んだことが原因(げんいん)で、兄(あに)は再(ふたた)び海(うみ)に落(おち)ちました。父(ちち)を岸(きし)までなんとか運(はこ)びましたが、兄(あに)の姿(すがた)はもうどこにもありませんでした。

この災難(さいなん)を経(へ)て、林黙(りんもく)は大海(たいかい)の無情(むじょう)さと危険(きけん)さを痛(いた)いほど嚙(か)み締(し)めました。

また、村(むら)の人(ひと)がなにか困(こま)りごとがあれば、すぐ林黙(りんもく)に助(たす)けをもとめました。

なにせ林黙(りんもく)は天候(てんこう)の変化(へんか)が予測(よそく)でき、海(うみ)の遭難者(そうなんしゃ)も救助(きゅうじょ)できるため、たくさんの人(ひと)々(びと)に愛(あい)されていました。

林黙(りんもく)は同(おな)じ場所(ばしょ)にいては、助(たす)けられる人が限(かぎ)られてくると思(おも)い、28歳(さい)のときに、両親(りょうしん)に別(わか)れを告(つ)げて、神様(かみさま)になりました。

福建省(ふっけんしょう)の人(ひと)々(びと)が林黙(りんもく)が神様(かみさま)になったと知(し)ったあと、林黙(りんもく)のお寺(てら)を作(つく)りました。

そして、林黙(りんもく)ではなく、「媽祖(まそ)」と呼(よ)ばれるようになりました。

「媽(ま)」は福建省(ふっけんしょう)南部(なんぶ)の女性(じょせい)に対(たい)する敬称(けいしょう)で、「祖(そ)」は先人(せんじん)に対(たい)する敬称(けいしょう)です。

以上、「媽祖(まそ)」のストーリーでした。

みなさんいかがでしたか。

リピートタイム

1・遭難者(そうなんしゃ):遇難者

2・岸(きし):岸邊

3・祈(いの)りを捧(ささ)げる:祈禱

4・神器(じんぎ):神器

5・托鉢(たくはつ):化緣

EP143【観音菩薩 篇】

台湾(たいわん)で1,2を争(あらそ)うなじみ深(ぶかい)い神様(かみさま)「観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)」のストーリーをみなさんご存(ぞん)じですか?

各地(かくち)に観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)のお寺(てら)があったり、家(いえ)の神様(かみさま)として、必(かなら)ず見(み)たことはあるんじゃないかなと思(おも)います。

今日(きょう)は観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が仏(ほとけ)様(さま)になる前(まえ)のストーリーをご紹介(しょうかい)します。

観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が仏(ほとけ)様(さま)になる前(まえ)のお名前(なまえ)は「妙善(みょうぜん)」と言(い)い、お父(とう)さんは「莊王(そうおう)」、二人(ふたり)の姉妹(しまい)はそれぞれ「妙顏(みょうがん)」と「妙音(みょういん)」と言(い)います。

三人(さんにん)姉妹(しまい)はみんな美(うつく)しく育(そだ)てられ、荘王(そうおう)もかなり娘(むすめ)たちを気(き)に入(い)っているご様子(ようす)でした。

いつか娘(むすめ)たちをいいところに嫁(とつ)いでもらえたらと思(おも)っていました。

妙顔(みょうがん)と妙音(みょういん)は普通(ふつう)の女(おんな)の子(こ)で、かわいいものや変(か)わってるものが好(す)きでした。

結婚(けっこん)できるお年(とし)になると、いい嫁(とつ)ぎ先(さき)がないか常(つね)にチェックを怠(おこた)りませんでした。

しかし、妙善(みょうぜん)はお姫(ひめ)様(さま)という身分(みぶん)でありながらも、かなり質素(しっそ)な生活(せいかつ)を送(おく)っていました。

また、よくお寺(てら)に参拝(さんぱい)したりしていました。

しかし、なんとある日(ひ)、荘王(そうおう)に出家(しゅっけ)したいと言(い)い出(で)したのです。

荘王(そうおう)はひどく怒(おこ)り、妙善(みょうぜん)を勘当(かんどう)して、好(す)きに出家(しゅっけ)させました。

そして、ある時(とき)、なぜか荘王(そうおう)は変(へん)な病気(びょうき)にかかりました。

全国(ぜんこく)の優(すぐ)れた名医(めいい)でも、その病(やまい)を治(なお)すことができず、もうだめだというときに、なぜかお坊(ぼう)さんが急(きゅう)に家(いえ)まで来(き)ました。

そして、お坊(ぼう)さんはこう言(い)いました。

「いい処方箋(しょほうせん)があるのですが…ただちょっと難(むずか)しいですね。家族(かぞく)であれば、誰(だれ)でもいいのですが、手(て)一本(いっぽん)と目(め)一つ(ひと)さえもらえれば治(なお)ります。」

しかし、荘王(そうおう)は娘(むすめ)たちに痛(いた)い思(おも)いをさせたくないと思(おも)っていました。

どうしょうと思(おも)っていたら、妙善(みょうぜん)が家(いえ)に戻(もど)り、自分(じぶん)の手(て)と目(め)を荘王(そうおう)に渡(わた)しました。

荘王(そうおう)はよくなったのだが、妙善(みょうぜん)が手(て)を切(き)ったことで亡(ぼう)くなって千手(せんじゅ)観音(かんのん)となりました。

この日(ひ)は6月(がつ)19日(にち)で観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が成道(じょうどう)した日(ひ)でもあります。

以上(いじょう)が親孝行(おやこうこう)の観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)のストーリーでした。

神様(かみさま)関係(かんけい)の内容(ないよう)は初(はじ)めてなのですが、みなさんいかがでしたか?

今後(こんご)も神様(かみさま)に関(かん)する内容(ないよう)をやっていきたいと思(おも)います。

リピートタイム

1・として:作為~

彼(かれ)は医者(いしゃ)として有名(ゆうめい)です。

2・嫁(とつ)ぐ:嫁出去

3・怠(おこた)る:怠慢、鬆懈

4・仏(ほとけ)様(さま):佛祖

5・親孝行(おやこうこう):孝順