EP154【5千円紙鈔上的人物 津田梅子 編】

今日(きょう)は5000円(えん)札(さつ)の人物(じんぶつ)である「津田(つだ)梅子(うめこ)」を紹介(しょうかい)したいと思(おも)います。

津田(つだ)梅子(うめこ)は日本(にほん)女性(じょせい)の地位(ちい)の向上(こうじょう)に奮闘(ふんとう)した人物(じんぶつ)として、とても名(な)高(だか)いです。

1・生(う)まれ

幕臣(ばくしん)で農(のう)学者(がくしゃ)である津田(つだ)仙(せん)の娘(むすめ)として生(う)まれ、幼(おさな)いころから父(ちち)が蘭学(らんがく)と英語(えいご)を学(まな)び、江戸(えど)幕府(ばくふ)の通訳(つうやく)をしていたのをずっと見(み)ていました。

そして、明治(めいじ)時代(じだい)に入(はい)ると、政府(せいふ)が女子(じょし)留学生(りゅうがくせい)を募集(ぼしゅう)しているの知(し)った父(ちち)・津田(つだ)仙(せん)は、まだ6歳(さい)だった津田(つだ)梅子(うめこ)を応募(おうぼ)させました。この時(とき)の津田(つだ)梅子(うめこ)は5人(にん)の女子(じょし)留学生(りゅうがくせい)の中(なか)で最年少(さいねんしょう)でした。

2・アメリカへ留学(りゅうがく)

アメリカで小学校(しょうがっこう)を卒業(そつぎょう)し、女学校(じょがっこう)にも進(すす)み、英語(えいご)のほかに、フランス語(ご)、ラテン語(ご)、数学(すうがく)、物理学(ぶつりがく)、天文学(てんもんがく)などを学(まな)んで、合計(ごうけい)で11年(ねん)もの間(あいだ)アメリカで暮(く)らしていたそうです。

次第(しだい)に日本語(にほんご)よりも英語(えいご)のほうが自然(しぜん)に出(で)てくるようになったと言(い)われています。

また、8歳(さい)のときには、キリスト教(きょう)の洗礼(せんれい)も受(う)けていたそうです。

3・津田(つだ)梅子(うめこ)の性格(せいかく)

日本(にほん)へ帰国(きこく)後(ご)、日本(にほん)ではまだ男尊(だんそん)女卑(じょひ)の考(かんが)えが根(ね)強(づよ)かったときに、津田(つだ)梅子(うめこ)はすごくショックを受(う)けていました。一人(ひとり)の人間(にんげん)として扱(あつか)われないことが非常(ひじょう)に違和感(いわかん)を持(も)ったそうです。

そして、津田(つだ)梅子(うめこ)に何度(なんど)か縁談(えんだん)も持(も)ち込まれていましたが、「結婚(けっこん)ではなく仕事(しごと)がしたい」と突(つ)っぱねていたそうです。

4・再(ふたた)びアメリカへ

24歳(さい)のときに、もう一度(いちど)アメリカへ留学(りゅうがく)しました。

アメリカのペンシルベニア州のブリンマー大学(だいがく)で生物学(せいぶつがく)を専攻(せんこう)し、書(か)いた論文(ろんぶん)は優秀(ゆうしゅう)な成績(せいせき)を収(おさ)めていたほどでした。

5・女性(じょせい)の地位(ちい)向上(こうじょう)のために

35歳(さい)になった津田(つだ)梅子(うめこ)は身分(みぶん)の垣根(かきね)を超(こ)えた女性(じょせい)のための学校(がっこう)「女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)」を設立(せつりつ)しました。女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)で卒業(そつぎょう)した人(ひと)たちは、当時(とうじ)はまだ珍(めずら)しい英語(えいご)教員(きょういん)として全国(ぜんこく)で活躍(かつやく)しました。

また、女子(じょし)英(えい)学(がく)塾(じゅく)は1948年(ねん)に「津田塾(つだじゅく)大学(だいがく)」と改称(かいしょう)し、今(いま)も女子(じょし)大(だい)として数多(かずおお)くの卒業生(そつぎょうせい)を輩出(はいしゅつ)しています。

以上(いじょう)、女性(じょせい)のために奮闘(ふんとう)してきた「津田(つだ)梅子(うめこ)」の紹介(しょうかい)でした。

津田(つだ)梅子(うめこ)がいなかったら、日本(にほん)は未(いま)だに男尊(だんそん)女卑(じょひ)の時代(じだい)なのかもしれませんね。

リピートタイム

1・男尊(だんそん)女卑(じょひ):男尊女卑

2・縁談(えんだん)を持(も)ちかける:提親

3・改称(かいしょう)する:改稱

4・垣根(かきね):隔閡

5・根(ね)強(づよ)い:根深蒂固

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