真實大奧:薪資、階級、侍寢制度全解析 EP201

大奥

みなさん、こんにちは。OK日文へようこそ、OK先生です。

今日(きょう)は江戸時代(えどじだい)の「大奥(おおおく)」、その中(なか)でもあまり語(かた)られることのない“女性(じょせい)たちの大奥(おおおく)の世界(せかい)”について、少(すこ)しディープにお話(はなし)していきます。歴史(れきし)の裏側(うらがわ)に隠(かく)された人間(にんげん)ドラマを、じっくり味(あじ)わいながら聞(き)いていただければと思(おも)います。

1・大奥(おおおく)に集(あつ)められた三千人(さんぜんにん)の女(おんな)たち

江戸城(えどじょう)の奥深(おくぶか)く――そこにはおよそ三千人(さんぜんにん)もの女性(じょせい)が、将軍(しょうぐん)に仕(つか)えるためだけに集(あつ)められていました。
当時(とうじ)の江戸(えど)の女性(じょせい)たちにとって、大奥(おおおく)で働(はたら)くことは「最高(さいこう)の就職先(しゅうしょくさき)」。競争率(きょうそうりつ)は超激戦(ちょうげきせん)、まさに女子(じょし)の憧(あこが)れの職場(しょくば)だったと言(い)われています。

なぜそこまで人気(にんき)だったのかというと、まず 給料(きゅうりょう)の高(たか)さ が桁違(けたちが)い。
大奥(おおおく)の実質的(じっしつてき)なナンバー2である「御年寄(おとしより)」まで昇(のぼ)りつめれば、今(いま)の価値(かち)で年(ねん)1500万円以上(まんえんいじょう)に匹敵(ひってき)すると言(い)われています。

最下層(さいかそう)の雑用係(ざつようがかり)、「御末(おすえ)」のような役(やく)でも、町(まち)で住(す)み込(こ)みで働(はたら)く女性(じょせい)の倍以上(ばいいじょう)の収入(しゅうにゅう)が得(え)られました。

しかも衣服(いふく)、化粧品(けしょうひん)、薪(まき)、炭(すみ)、灯油(とうゆ)など生活(せいかつ)に必要(ひつよう)なものは 全部支給(ぜんぶしきゅう)。
さらに一番下(いちばんした)の者(もの)であっても、自分(じぶん)の身(み)の回(まわ)りの世話(せわ)をする 使用人(しようにん)を一人(ひとり)つけられる ほどの待遇(たいぐう)だったのです。

2・教養(きょうよう)が身(み)につき、結婚(けっこん)も有利(ゆうり)に

大奥(おおおく)では、礼儀作法(れいぎさほう)・料理(りょうり)・裁縫(さいほう)・書(しょ)の基礎(きそ)など、当時(とうじ)の女性(じょせい)に必要(ひつよう)とされた教養(きょうよう)を “給料(きゅうりょう)をもらいながら” 身(み)につけることができました。

そのため、退職後(たいしょくご)に良縁(りょうえん)を得(え)やすいことから
「大奥帰(おおおくがえ)りは最強(さいきょう)の肩書(かたが)き」
と言(い)われていました。

応募資格(おうぼしかく)は武家(ぶけ)の娘(むすめ)と思(おも)われがちですが、コネさえあれば町人(ちょうにん)や農家(のうか)の娘(むすめ)でも入(はい)ることができたという点(てん)も興味深(きょうみぶか)いところです。

3・将軍(しょうぐん)に会(あ)える女性(じょせい)はごくわずか

大奥(おおおく)には無数(むすう)の役職(やくしょく)があり、女性(じょせい)たちは
将軍(しょうぐん)にお目通(めどお)りできる「御目見(おめみえ)以上(いじょう)」 と
将軍(しょうぐん)とは一切会(いっさいあ)えない「御目見(おめみえ)以下(いか)」
の二(ふた)つの階級(かいきゅう)に分(わ)かれていました。

御目見以上(おめみえいじょう)になれるのは、基本的(きほんてき)に旗本(はたもと)の家(いえ)の娘(むすめ)のみ。
千人以上(せんにんいじょう)の応募者(おうぼしゃ)の中(なか)から、選(えら)ばれるのはほんの数十名(すうじゅっめい)だったと伝(つた)えられています。

つまり、玉(たま)の輿(こし)を夢見(ゆめみ)て大奥(おおおく)に入(はい)っても、大半(たいはん)の女性(じょせい)は将軍(しょうぐん)の顔(かお)すら拝(おが)めないまま生涯(しょうがい)を終えます。

そんな厳(きび)しい現実(げんじつ)がそこにはありました。

4・御目見以上(おめみえいじょう)の多様(たよう)な役職(やくしょく)

御目見以上(おめみいじょう)にはいくつもの専門職(せんもんしょく)がありました。

  • 将軍(しょうぐん)に関(かん)する記録(きろく)や書状(しょじょう)を書(か)く「御祐筆(ごゆうひつ)」
  • 御台所(みだいどころ)(正妻(せいさい))や将軍(しょうぐん)の衣装(いしょう)を仕立(した)てる「呉服(ごふく)の間(ま)」
  • 毎日(まいにち)の献立(こんだて)を考(かんが)え、毒見(どくみ)も行(おこな)う「中年寄(ちゅうどしより)」
  • 外部(がいぶ)との連絡(れんらく)や買(か)い物(もの)を受(う)け持(も)つ“外交役(がいこうやく)”の「御表使(おんおもてづかい)」

上級役職(じょうきゅうやくしょく)に就(つ)けても、それだけでは将軍(しょうぐん)の側室(そくしつ)にはなれない点(てん)が、大奥(おおおく)の世界(せかい)の厳(きび)しさを物語(ものがた)ります。

5・大奥(おおおく)にも男性(だんせい)はいた──でも恋愛(れんあい)は禁止(きんし)

女(おんな)しかいないというイメージが強(つよ)い大奥(おおおく)ですが、実(じつ)は力仕事(ちからしごと)などを担当(たんとう)する「下男(げなん)」が存在(そんざい)しました。

しかし、男女間(だんじょかん)のトラブルを避(さ)けるため、
女性(じょせい)と下男(げなん)が接触(せっしょく)する際(さい)には必(かなら)ず監視役(かんしやく)の御表使(おんおもてづかい)が同席(どうせき)していました。
恋愛(れんあい)どころか日常(にちじょう)の会話(かいわ)すら厳(きび)しく制限(せいげん)されていました。

6・将軍(しょうぐん)の側室(そくしつ)になれるのは「御中臈(おちゅうろう)」のみ

将軍(しょうぐん)に選(えら)ばれるための“最初(さいしょ)の門(もん)”が、将軍(しょうぐん)の身辺(しんぺん)の世話(せわ)を担当(たんとう)する「御中臈(おちゅうろう)」。

この役職(やくしょく)に就(つ)いて初(はじ)めて“将軍(しょうぐん)の夜(よる)のお相手候補(あいてこうほ)”になる資格(しかく)が与(あた)えられます。

例外的(れいがいてき)に身分(みぶん)の低(ひく)い女中(じょちゅう)が突然選(とつぜんえら)ばれることもありましたが、それは本当(ほんとう)に稀(まれ)。将軍(しょうぐん)に名前(なまえ)を尋(たず)ねられた瞬間(しゅんかん)に、その日(ひ)の夜(よる)の相手(あいて)に指名(しめい)されたことを意味(いみ)しました。

7・将軍(しょうぐん)との「床入(とこい)り」は厳重(げんじゅう)なチェック

夜(よる)の相手(あいて)に選(えら)ばれた女性(じょせい)はまず入浴(にゅうよく)し、髪(かみ)を整(ととの)え、最高権力者(さいこうけんりょくしゃ)である御年寄(おとしより)から 「身体改(からだあらた)め」 と呼(よ)ばれるチェックを受(う)けます。

かんざしの中(なか)に刃物(はもの)を隠(かく)していないか、毒(どく)を隠(かく)し持(も)っていないか、全身(ぜんしん)の安全検査(あんぜんけんさ)を受(う)けたうえで寝所(しんしょ)へ向(む)かうのです。

8・将軍(しょうぐん)との営(いとな)みは“二人(ふたり)きり”ではない

驚(おどろ)くべきことに、将軍(しょうぐん)との夜(よる)の営(いとな)みは
必(かなら)ず「お添(そ)い伏(ぶ)し」という監視役(かんしやく)の女性(じょせい)が同席(どうせき)します。

お添(そ)い伏(ふ)しは背(せ)を向(む)けたまま横(よこ)になり、女性(じょせい)が将軍(しょうぐん)に危害(きがい)を加(くわ)えたり、特別扱(とくべつあつか)いをねだったりしないか、細(こま)かく耳(みみ)を澄(す)ませていたと言(い)われます。

将軍(しょうぐん)との会話(かいわ)は禁止(きんし)。
そこにはロマンも甘(あま)いムードも存在(そんざい)しませんでした。

9・妊娠(にんしん)すれば立場(たちば)は一変(いっぺん)——しかし成功者(せいこうしゃ)はごく

もし将軍(しょうぐん)に寵愛(ちょうあい)され、子(こ)を授(さず)かることができれば、その女性(じょせい)の人生(じんせい)は大(おお)きく変(か)わります。
特(とく)に男子(だんし)を産(う)めば、その子(こ)が跡継(あとつ)ぎになる可能性(かのうせい)もあり、
晴(は)れて将軍家(しょうぐんけ)の一員(いちいん)として迎(むか)えられました。

しかしそんな“成功者(せいこうしゃ)”は、ごくごくわずか。
三千人(さんぜんにん)いる女性(じょせい)の中(なか)で、将軍(しょうぐん)と接触(せっしょく)できるのはほんの一握(ひとにぎ)り。
まして妊娠(にんしん)して地位(ちい)を上(あ)げるとなれば、まさに奇跡(きせき)に近(ちか)かったのです。

それでも女(おんな)たちは、「いつか自分(じぶん)も」と夢(ゆめ)を見続(みつづ)け、大奥(おおおく)で懸命(けんめい)に働(はたら)き続(つづ)けました。

10・大奥(おおおく)の始(はじ)まり──美女三千人(びじょさんぜんにん)の伝説(でんせつ)

大奥(おおおく)の成(な)り立(た)ちについては諸説(しょせつ)ありますが、よく知(し)られているのは三代目将軍(さんだいめしょうぐん)・徳川家光(とくがわいえみつ)がきっかけとされる説(せつ)です。

家光(いえみつ)は男性(だんせい)を好(この)んでいたため、「世継(よつ)ぎを産(う)ませるために美女三千人(びじょさんぜんにん)を集(あつ)めた」という逸話(いつわ)が残(のこ)っています。この“美女三千人(びじょさんぜんにん)”というイメージが、大奥(おおおく)を象徴(しょうちょう)する言葉(ことば)として広(ひろ)まりました。

11・まとめ

大奥(おおおく)という場所(ばしょ)は、派手(はで)な噂(うわさ)ばかりが強調(きょうちょう)されがちですが、実際(じっさい)はもっと穏(おだ)やかで、人間(にんげん)らしい生活(せいかつ)の場(ば)でもありました。

三千人(さんぜんにん)の女性(じょせい)たちは、将軍(しょうぐん)の側室(そくしつ)を夢見(ゆめみ)る人(ひと)もいれば、教養(きょうよう)を身(み)につけ、安定(あんてい)した暮(く)らしを求(もと)めて働(はたら)く人(ひと)もいました。

厳(きび)しい規律(きりつ)はあったものの、そこには仲間(なかま)との支(ささ)え合(あ)いや成長(せいちょう)の機会(きかい)もあり、

決(けっ)して恐(おそ)ろしい世界(せかい)ではなく、当時(とうじ)の女性(じょせい)たちが自分(じぶん)の未来(みらい)を切(き)り開(ひら)くための重要(じゅうよう)な場所(ばしょ)だったのです。

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